銀の風

三章・浮かび上がる影・交差する糸
―44話・渡航準備―



「ふう……。」
ルージュとジャスティスが持ってきた簡単なスープを飲んで、
リトラは人心地ついたように息を吐いた。
スープは朝食用に狩られたモンスターの肉や骨の余りでだしを取ったようで、
味に癖があるがすきっ腹にじんわり染みる。
昨日から何も食べていないので、当然なのだが。
「それにしても、災難だったね〜お短気君。」
「お短気はよけいだっつーの!ま、マジで災難だったけどよ……。
よく生きてるよな、おれ。」
「リトラはん、そないな他人事みたいに言わんといて……。」
のどもと過ぎれば熱さを忘れるということわざではないが、
しみじみと語るリトラの様子はそれに近いものがある。
心配していただけに、リュフタは脱力してしまう。
「まぁ、確かに幸運だったと思うぜ。
そもそもあの時に、切り札が裏目に出たのは痛かったが。」
「それは確かにそうですよね……。まさか、こんなことになるなんて。」
ペリドは今でも信じられないものがあるのか、心中が複雑そうな面持ちだ。
めったにない話なのだから当然だろうし、
そうでなくても召喚獣がやられてしまうというのは想像しにくい話だろう。
「ま、すんだことはしょうがないんじゃなーい?
それよりもー、これから予定変更があるんだったら、
アタシはそっちの方が聞きたいんだけどー。」
何しろ予定にない事が起きた後なので、急遽方針を変更するかもしれない。
それを念頭に置いたナハルティンの質問に、リトラは少し考えてからこう答えた。
「そーだな……。少なくともヴィボドーラに着くまでは変えないぜ。
その後の予定は、もしかしたら増えたりするかも知れねーから、そのつもりでいてくれよ。」
「えっ、増えるってどういうこと?
特に予定なんて言ってなかったでしょ。」
「あ、そうだったな。」
戸惑うアルテマにつっこまれ、自分の言葉の矛盾に気がついたリトラはぽんと手を打った。
「急に予定を入れる可能性もあると言うことですよね?」
「んー、そんなところだな。」
ジャスティスとリトラのやり取りを聞いたアルテマは、
その答えに満足したらしくほっと胸をなでおろした。
「何だ、そのくらいならいいって。何だと思ってたんだよ?」
「えーっと……何だろ。」
先程とは逆に、言葉尻をとられてしまったアルテマは言いよどんで目を泳がせる。
実は感覚で言っただけなので、追求されても答えようが無かったりするのだ。
“ちょっとびっくりしそうな事だと思ってたんじゃないの?”
「ま、まぁね……。」
「単に何にも考えてなかったんじゃないのー?」
ポーモルの助け舟でどうにか取り繕えてほっとするアルテマに、横からナハルティンが意地悪に絡んでくる。
しかも図星だった。
「何ですってー?!」
「アルテマちゃん、落ち着いてーな。」
「アルテマおねえちゃん、おちついてよ〜!」
いつもの調子でかわかわれて腹を立てたアルテマを、
苦笑いのリュフタとあわてたフィアスが、落ち着けようと頑張っている。
―お前、フィアスになだめられてる状況は恥ずかしくないのか……?
ルージュはこっそりそう思ったが、今回は口にしない。
思えば、怒ったアルテマを周りのメンバーがなだめるのは日常茶飯事だが、
フィアスがかんしゃくを起こすことはまずない。
養父母の教育がいいのか、生来のおっとりした性格のせいか。それとも両方か。
怒ることはあってもかんしゃくを起こさないのは、
この年の子供にしてはかなり偉いかもしれない。
いや、むしろ褒めるべきレベルかもしれない。
「ほっとけよフィアス。気がすむまでこいつはやめねーんだから。」
アルテマの横でおろおろするフィアスに、リトラは他人事のように言った。
もちろん、そんな事を言えばアルテマはさらにお冠になる。
「誰かとか誰かが、あたしにけんか売ってくるからに決まってんでしょ!
特にあんたは起きたばっかりだっていうんなら、余計な事言わないでちょっとは黙ってれば?!」
「な?こうなるだろ。そろそろ覚えとけよ。」
当然の結果として、アルテマに大声でまくし立てられた。
しかしリトラは懲りない。
これ見よがしに耳をふさいで聞かないふりをした後で、さらに他人事調で言葉を重ねた。
彼女でなくても、黙ってろといいたくなりそうだ。
「え、え〜っと……。」
リトラに妙な方向に諭されて、答えに困ったフィアスはしどろもどろになる。
「はぁ……話を戻してください。
今はふざけている場合じゃないんですよ?」
ジャスティスは、心底あきれ返った様子だ。
起き抜けの病み上がりがやることではないことを早速やらかしたのだから、無理もない。
「悪い悪い。つい、いつもの調子でやっちまった。」
「もう、心配してたんですから、そういう事は後にしてください!」
とうとうペリドの雷という貴重なものを落とされてしまった。
真面目な話、彼女は本当に心配していたので、落とした雷も本気だろう。
もちろんそれが分からないほどリトラも鈍くないので、
素直にいつものおふざけはこの辺にしておくことにした。
「ま、もう一回言っとくけどよ。まずはヴィボドーラに着くのが第一だ。
他はそれから。とにかく今はこれでいくからな。」
「いつ出かけるの?」
「それなんだけどなー……。おいルージュ、竜の止まり木は?」
出かける日の日取りは、竜の止まり木の完成次第だ。
どこまで出来ているのか当然リトラは知らないので、確認する必要がある。
「お前が寝てる間に作りかけておいた。
今から魔力を込めて、それが安定するまで待つが、今日中には仕上がる。」
「よし。じゃあ、道具の準備自体は今日完了ってわけだな。
後はできるだけ食い物も仕入れておきたいよな。」
「急にご機嫌やな〜。」
自分のアクシデント以外は順調だと知ったリトラは、
リュフタが言うように何だか急に機嫌が良くなった。
「その点は、アンタのバッグに入れちゃえばなんでも日持ちするからラクチンだよね〜♪」
「入れる物は、買うとか取ってくるとかしなきゃだめだけどな。」
いつもの調子で話しかけてくるナハルティンに、
リトラはテンションが低いつっこみを適当に入れた。
「じゃあ、今日は買出しと狩り?」
「そうなりますね。手分けしてこなしましょう。」
2つ仕事があるのだから、
ジャスティスが言うとおりに手分けしてこなした方がもちろん能率はいい。
「じゃあ、だれがどこに行くか決めなきゃ。あ、でもリトラはどうするの?」
「んー、狩りはちょっと無理かも知れねーけど、
買出しくらいなら行ってくるつもりだぜ。」
アルテマに聞かれて、リトラはさらっと応じた。
うっかり流してしまいそうなほどあっさりした言葉だったが、
それでもちゃんと聞いていた者は仰天する。
「えぇっ?リトラさん、本気で言ってるんですか?!」
「あんさん、自分が昨日どういう目にあったかわかっとるんか?!」
まさか今日、リトラ自身が動くとは夢にも思っていなかったのだろう。
ペリドもリュフタも目が点になっている。
「何言ってんだよ。おれはサイフ係だぜ?
つーか、買い物ぐらい病み上がりでもどうにかなるんじゃねーの?」
「どういう理由か説明してから言ってください!
途中で調子が悪くなったりしたら、どうするんですか?!」
悪びれないリトラの様子に、心配を通り越して腹が立ったペリドは、
眉を吊り上げて彼に迫った。
「ま〜ま〜、心配なのは分かるけど、落ち着きなってば。
だーいじょうぶ。いざとなったら、そこののーみそ筋肉ちゃんがおんぶで帰ってくれるって♪」
「えっ、何であたしが係になってるわけ?!」
「あんたが体でかいからに決まってるじゃなーい。」
「のっぽみたいに言わないでよ!!」
誤解を招く物言いをアルテマが認めるわけも無く、
悪意たっぷりのナハルティンの発言に速攻で食いかかった。
“確かに、みんなの中では背が高い方だけど……ねぇ?”
あながち間違っていないだけに、この発言にはポーモルも苦笑いするしかない。
「何でナハルティンお姉ちゃんって、
アルテマお姉ちゃんとか怒るような事を言っちゃうのかな?」
「そういう人なんですよ。
人をからかって遊ぶのが生きがいという、全く恥ずかしい心構えの持ち主みたいですからね!」
フィアスの純粋な疑問相手に、
これでもかと持論を主張するジャスティスは、いささか大人気ない。
力説ぶりにフィアスがちょっと困っているのだが、たぶん見えていないだろう。
きっと、いかに自分の話しに納得してもらうかということに気が回っていて、
そこまで気にする余裕が無いに違いない。
傍から見ると、ちょっと面白い光景だ。
現に、それを眺めているルージュの口の端はほんのり上がっていた。
ばれないように笑っているらしい。
もちろんジャスティスは気がついていないだろう。
気がついていれば、怒髪天をついてルージュに文句をつけるはずだ。
「あの、ルージュさん。もしかして、笑ってるんですか?」
「まぁな。あいつの性格は、見てる分には楽しいからな。」
「はぁ……そうですか?」
面白いといわれても、真面目なペリドは共感しがたいらしく、
きょとんとしつつ差しさわりのない相槌を返しただけに留まった。
ルージュは別に同意して欲しかったわけではないので、
特に何も思わなかったのは彼女にとって幸いかもしれない。
「とにかく、さっさと買出し班と狩り班をきっちり分けるぞ。
ぐずぐずしてると、昼飯になっちまう。」
時間が相当もったいないらしく、リトラはさっさと話を決める段取りに入った。
「そうやな。まず、あんさんが買いだしに行くのは決まりやな。
後は、フィアスちゃんも買出しでどうや?
後、できればペリドちゃんは留守番がええんやけど。」
「え、そんな!大丈夫ですよ。」
体調を心配されてのことだと当然ペリドは分かっているが、
今休むつもりは毛頭ない彼女は、あわてたように大丈夫だと言い張る。
しかし、後ろから飛びついてきたペリド大好きの少女は許してくれない。
「だーめだよ〜ん。
ペリドちゃんは昨日がんばってたんだから、今日くらいお休みしないとね〜。
これ、アタシ命令〜♪」
「えぇっ?!」
「何それ……?」
ペリドはあっけにとられ、アルテマはげんなりした顔でひそかにつっこむ。
彼女のテンションには、時々ついて行きにくい。
“あはは、ナハルティンちゃんらしい。”
ポーモルがくすくす笑っている。
有無を言わさずめちゃくちゃな理由で押しきろうとする辺りが、確かにナハルティンらしい。
強引というか、横車を押すというか。
もっとも、控えめな見かけとは裏腹に頑固なところがあるペリドには、この位でいいのかもしれない。
「そうだな。ナハルティンの言うとおり、休んでろ。
別に全員で行く必要は無いしな。」
「そんな。病み上がりのリトラさんが行って、何で……。」
ペリドは納得がいかずに抗議するが、リトラが聞くたまではない。
彼女の寝不足による顔色の悪さは、きっとリトラも分かるからなのだろう。
「気にすんなよ。お前がいくら言っても、ナハルティンが許す気なさそうだぜ?」
「うんうん。よ〜くわかってるじゃないの〜♪」
リトラの言葉に、ナハルティンは満足げにうなずいている。
自分の意思が通ってご満悦というのもさることながら、
気が強いリトラがあっさり従ってくれたことそのものが気分がいいようだ。
「それを言うなら、昨日徹夜したリュフタも休むべきだな。」
「えっ?おい、それマジか?」
「そう、そうなんだって。あんた、リュフタに感謝しなきゃだめだからね?」
「へー……お前がな〜。」
普段けんかばっかりしているだけに、リトラもついつい意地悪な目でリュフタを見る。
すると、リュフタはむっとして眉間にしわを寄せた。
「なんやその顔は!あ〜も〜、心配して損したで!
何でこんなしつけの悪い子になってしもたんやろー?」
「いっちいちむかつくな。穀潰しウサギリスのくせに……!!
わかったよ、ありがとな!」
へそを曲げてしまったリュフタに、リトラはぞんざいに礼の言葉を投げ返した。
気持ちがこもる云々以前に、態度がなっていないのはどうしようもない。
「リトラー、ありがとうはちゃんと言わなきゃだめなんだよー?」
フィアスが咎めるが、リトラは聞かないふりをした。
彼はフィアスと違ってそこまでいい子でも素直でもない、どちらかといえば悪ガキなので当然だ。
リュフタもはなっから期待してないので、落胆の一つもしない。
「じゃあ、確実に今日動ける奴らから分けて行くか。それがいいだろ?」
「だな。んじゃ、お前はどっちがいい?狩りか?」
「狩りだな。手っ取り早いだろ?」
モンスターでも普通の鳥獣でも、腕が良ければそれだけ危険も少ないし能率がいい。
ドラゴンのルージュにはうってつけの役だろう。
「じゃあ、買い物の方にはナハルティンを入れちまうか。
前、ポーモル買う時に大活躍してたしな。」
「あ、覚えててくれちゃったー?」
ルージュと2人でポーモルを売り物にしていた売り手のおばさんをやり込めたのは、
彼女にとって名誉あるとても楽しい思い出だったらしい。
その証拠に、なんだか妙に誇らしげである。
意地悪で他の生き物をからかうのが大好きな魔族らしさを、
存分に発揮できた出来事だからかもしれない。
「後は……ジャスティスは狩りの方な。
背中に羽ついてるんだから、果物と木の実狩りよろしくな」
「はぁ、狩りは狩りでもそっちの方ですか。ええ、分かりました。」
てっきり、ルージュのように獣を追い回す方だと思って身構えていたらしい。
お堅くきっちりしたジャスティスにしては、ちょっと気が抜けた反応だ。
リトラは意外と適材適所を気にする主義なので、当然の流れなのだが。
ちなみに買い物の方に行かせないのは、
ナハルティンと一緒にすると2人も周りもストレスがたまるという判断でもある。
「そんじゃ、後はどう分けるかだよな……。」
今決めたことをメモにとりながら、リトラは残りの人員割り振りに頭を働かせた。



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こっそり1ヶ月あまり、ここのコメントを書き換え忘れたことに気がついてませんでした(爆<
これの次が書き終わったときに、嫌な予感がして確認するまでは……。
おかげで、これを書き終ったときの感想とかはすっ飛んでたり。
起きて早々に自分で動き出すリトラは、タフなのか馬鹿なのか。
看病疲れのペリドとどっちが休むべきか、何だかもう分かりません(爆